唄うパン屋(むぎわら帽子2代目オーナー)
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唄うパン屋"JAM LIFE!!"

~拘りのラスク焼かせて頂いてます~

いつだって考えるのは積雪の事ばかり。

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この辺りでは実に14年振りの積雪だそうだ。

確かに”積雪”にまつわるエピソードを回想すると

14年前の”ある日”まで遡った。

 

2003年2月21日(金)

 

現在のベーシストと違うバンドを組んでいた時の事

仕事が終わってから軽バンに楽器を積み込み

順番にメンバーを拾っていった。

 

19時頃に小浜へ着いた頃にはカナリの積雪で、友人の親にも不安そうな顔で見送られた記憶がある。

 

いや、"半ギレ"だった。

 

23歳の若僧(しかも経営者1名、後継ぎ1名)が、仕事を早々に片づけ、もっともらしい理由を並べて、摂津の国にて音の曲芸を見世物小屋にて披露すると言っているのだから。親や社長の気持ちは察するに余りある。

 

給料が少ないと喚いている労組もどきが

その資産運用の選択は、いかがなものか?と。

 

小浜から 

 

上中のメンバーを拾い、朽木を抜けて京都へ出た頃には、すっかり雪は無くなっていた。

 

物事にハプニングはつきもので、神が予め定めた結果通りではない方が、記憶に残るライブになり、いつまでも心に居座り続けるかもよ?

 

って、清水富美加ちゃんに伝えたい。

 

でも、面と向かっては言えないから

フォーゼに変身して言いたい。

 

と、まぁ地方で暮らすバンドマンが、都市部でライブを行うには、これぐらいの苦労は標準装備なのだ。祖先が朝廷に鯖を献上してた遺伝子情報は”だて”じゃない。

 

かくして、この日が大阪に再進出する足掛かりライブとなったのだが、半年後の8月15日に”Yahoo BBスタジアム”にて、ガガガSPさん達とご一緒する事になるとは予想だにしていなかった。(しかもVIPルーム)

 

この間のライブ回数は、たったの5回。

中学生程度の実力のバンドには奇跡だった。

 

しかし、よくよく考えてみると

あながち奇跡とも言えない事が分かった。

 

それを証明する為に、現バンドでも同じ様に動いてみると、次はBOROさんとご一緒する事ができた。

 

ま、その先には繋がってないんですが(笑)

行動する事は学びだとつくづく感じた。

 

芸能人や有名人と一緒に演る事だけが奇跡ではない。まだ知らない街のハコで唄わせてもらったり、ネットにアップした音源を聞いてくれた誰かとの出会いも同じく奇跡なのだ。

 

日々の当たり前の出来事を奇跡だと感謝出来るような人間になりたいです。出家はしません。

 

では、お手を拝借!!